昭和四十五年三月九日 朝の御理解
第六十一節 「神より金光大神に、いつまでも尽きぬおかげを話にしておくのぞ。信心しておかげを受けたら、神心となりて人に丁寧に話をしてゆくのが、真の道をふんでゆくのぞ。」今日はここまでのところをね。六十一節の中から頂いたんです。「真の道をふんでゆくのぞ。」というところを。
きのうおとといでしたかね。六十一節を頂きましたのは。前半がみやすう、後半はたいへんむつかしゅうという、ご理解でしたね。
食べ物がないなら、もう、食べんという気になれと言ったような、むつかしいご理解でしたね。そげなところは。
今日は私はそうではなくて、「なるほど、これが真の道をふんでいくのであろう」と、ここから思わせて頂くところをですね。ひとつ聞いていただきたいと思うんです。
きのうおとといの、あの、はじめのところはみやすう、最後のところはむつかしゅう頂いたと、こう申しましたが、なるほど、むつかしいけれども、本当言うたら、きのうおとといの解き方から言うとね。前半がじつはむつかしいのであってね。その前半のところができたらね。あとのところは、案外みやすい、楽しういけるところです。まあその、きのうおとといの六十一節のことにつけくわえて、そのことを聞いてもらおうと思ったわけですがね。
きょうは、この「真の道をふんでゆくのぞ。」というところを聞いて頂きたいと思います。
「神より金光大神に、いつまでもつきぬおかげを話にしておくのぞ。」と。ここのところね。「つきぬおかげ。」というところは、限りなくいうなら、無尽蔵にいただいていけるおかげ。もう本当にそういうおかげのいただけれる道があるなら、ひとつ本気で、その道を体得しようと、みんなが思うでしょう。ですから、それを実際に実証しておる人たち。やっぱりみらなければいけません。ここでいえば、私が、まあ、ちょっとした手本だと思うんです。
どれだけ、蓄えておかねばならんということもない。必要なら、たとえば金なら金が、物なら物が、食べ物なら食べ物が、衣類なら衣類が、もう限りなく恵まれております。これは。私だけではありません。私一家の者がそうです。
ですから、あれがほしいこれがほしいと言わんでも、神さまがちゃんと与えてくださる。それはね、「神より金光大神に、いつまでも尽きぬおかげを話にしておくのぞ。」と言う、その話をね。私は信じて行じたからですよ。
どうぞ、どうぞ、どうぞお願いいたしますと、言うて頂くおかげはね。きのうも申しましたが、最近、たいへんごひれいを頂いておられる先生で、もう、それこそ、一生を願いにかけておられるという。まあ、それがその先生の、芯どころだというふうに説いておられる方の。お話しになったものをお書物になっておりましたので、読ませていただいたんですけれども。
私はしかし、ここの信者は、たくさんの信者がおるが、先生がなくなられてから、もう願うことをやめられたらどういうことになるだろうかと私は思う。ね。それは、願ってならないことはないというほどしの、いわば、押しの力とでも申しましょうか。そういう、その祈念力をもっておられるとでももうしましょうか。けれどもその、祈念力をもっておられる先生がおられなくなったり、願って願って願いぬいていかれて、その、もし願いをやめられたらどういうことになるでしょうか。それじゃあ、いけんでしょうが。
どんなにごひれいを頂いておっても、どんなにおかげを頂いておっても。願わんでも、それこそ頼まんでも、限りなくいただけれる、ひとつのおかげの源泉といったようなものをね。私どもが、つきとめておかねばならない。そこのところを、私が頂いておかなければならない。私の生き方はそれですよね。限りなく無尽蔵に。
それにはね。そんなら、私がどういうようなことを行じてきたかということなんです。また、このご理解によりますと、「信心しておかげを受けたら神心となりて、人にていねいに話をしてゆくのが真の道をふんでゆくのぞ。」と。だから、真の道をふんでゆくということはね。まあ、まず真の人にならなければなりません。真の人が歩く道が、私は真の道だと思うですね。
これが真の道だからという道をです。悪人が歩いたら、もうそれは真の道じゃあない。これが真の道だという道を、悪人が歩いたらもう真の道じゃあない、これが真の道だという道を我情我欲いっぱいの人が歩いたら、それはもう真の道じゃあないです。
真の人。いかに真の人にならせて頂くということがです、大事かということがわかります。やはり、心の美しい人、限りなく....。そういう意味で、久留米の初代なんかは、たいへん美しいおかたであったと思いますね。
あるご大祭を奉仕されて、やれやれというておられるところへ、小倉からお使いがみえた。いわゆる親教会。親先教会の親教会ですね。桂先生のご信心を頂いておるように...。あちらの総代さんがおみえられて、お取次ぎをなさいますと、大きな風呂敷をおもちになっておられる。
桂先生が、「これを石橋にわたせばわかる。」とおっしゃった。大きな風呂敷をもってきて、なんとも、お届けもない。小倉の桂先生のお使いが、久留米のご大祭が終わられたあとに、大きな風呂敷をもってご結界に進み出られて、「桂先生が、これを持って行けばわかるとおおせられました。」と言うて、お取次ぎを願われた。
「ああ、そうですか。しばらくお待ちください。」と言うで、その風呂敷を受け取られた。その日のご大祭のお初穂を全部、もう、そのまま、風呂敷に包んで、お渡しになったということです。
もう、打てばひびくようなもんですね。心と心という、いわゆる、真と真というものがふれあうときに、何にもいらない。「石橋に、この風呂敷をもっていけば石橋はわかる。」とおっしゃた。ね。以心伝心、かようておる。
「神心となりて、人にていねいに話していく。」神心というのは、話していくということが、神心です。ここはね。ていねいにお話ということになっとりますけれども、これは、ていねいに話していくということは、放していくということ。放しきっていくということ。
ていねいにということは、そこに我情我欲をはさまない。きたない心をはさまない。ていねいな心で。いわゆる、石橋先生が、小倉の初代桂松平先生のいわば、風呂敷を持たせてやられたのに対してです。ていねいに放しておいでられた。求められたら、与えていくという。
今日はね。ていねいに、お話というのじゃあなくて、放していく、そういう道がね、真の道だということを皆さんにわかって頂きたいと思うのですよ。ですから、我情我欲をはなれた真の人にならなければできることじゃあないということがわかりますね。
「今度のご大祭のお初穂で、あれを買おう、これを買おうと思いよったのに。」というようなものがないわけですね。先生も私とおんなじで、切れ一寸買わんというお修行をなさいましたしね。
私どもがそうですもん。買おうというものがないのですもん、私どもは。こればいっちょう買うちから食べましょうとか、こればいっちょう買うてから着ましょうとか、いうものがないのですからね。そして、放して放してぬいていったところにです。皆さんもご承知のとうりでしたですよね。
樺目時代に、あの十三日会ができるまで、毎月毎月ご本部参拝させてもらうときには、もちろん今のように、たくさんの金額でもございませんでしたけれども、ひとつきのおさがりやら、もう、その日のお賽銭まで、ひっくりかえして、お供えでしたもんね。
それはもう、じつに淡々としたもんですよね。これば、銀行に入れておいて、いざというときにはまた使おうてんなんてんというものじゃあ、さらさらない。それは、無尽蔵、限りないおかげを信じてもおると同時にです。もう、食べられんときには食べまいという心でおるからなんですよね。
「それが真の道をふんでいくのぞ」と。ははあ、真の道というのはそういうことになってくるわけです。ね。限りなく美しうならせて頂こうとつとめる。そこに真の人があり、その真の人が、もう惜しげもあしげもない、放しに放しきっていく、そういう生き方が真の道なんです。そこで私はきょうは、教祖さまの、この言行録をいただかせてもろうたらね。まあ、一節を読ませてもらいますとね。
『「九日十日のお祭りは、旧でいたしましょうか。新でいたしましょうか。」と、うかがいしに、「それは、どちらでもよい。これは恩を忘れんまでのものじゃから、まあ、親の法事というようなものじゃ。それさえおぼえておれば、忘れることはない。」と仰せられたり。』とあります。
たとえば、お祭りならお祭りをつかえる。まあ、親の法事と思うてと言うておられるんですね。親の法事でもするような思いでと。まあ、そこに金銭の入費がいりますよね。お祭りを仕えますと。けれどもそれは、法事をするような思いと。親の法事を子供が。
私は、放すということをね。そういう心の状態が、親が喜ぶ、親が喜んでくださる。してみるとたとえば、天地の大恩がわかってくるというかね。天地のご恩がわかってまいりますと、そのご恩に対いしまする、報謝の心というものが、限りなく美しい心からでてくるわけなんです。
私はきょうね、ご神前にでらせて頂いて、一番初はじめに頂いたことはね。「布施明」と頂いた。歌手がおるでしょう。やせた歌手が。もう、毎日のことながらおそれいってしまう。そして、頂いたら、その、「ていねいに話をしていくのが真の道をふんでいくのじゃ。」と言う、その「話」というところを、放していくと頂いた。
本当にねえ。これが本当のことだと皆さんが思わにゃあだめです、だから。そして、この教祖言行録を開かせて頂いたら、放すときには、親の法事をするような心持ちとおっしゃる。親の法事をするときには、惜しげあしげはないでしょうがね。
そこでね。そういうていねいに、たとえば話していくということはね。いわゆる信心で放していくということなんです。いわゆる、ていねいに布施ていく。布施て布施て布施きっていかにゃあいけんです。布施明のふせというのは、お布施のふせが書いてあるでしょう、たしか。ねえ、そうでしょう。仏教ではね。お供えをすることをお布施というのです。まあ、お道の信心でいうなら、ご献費にあたるようなものじゃあないでしょうかね。
むかし、頂きよりましたご理解のなかにありましたねえ。
お米を買いに行った。たしかに一斗買うてきた。ところがです。帰ってはかってみたら八升しかなかった。おかしいなあ、おかしいなあと言わずにね。その袋のどこにかね。ほこれがあったり、やぶれがあったりしとりゃあせんかということを、見てみなけりゃあいけんて。むこうの米屋はごまかしたというようなことを思わずに、どうしてじゃろうかと思わずにです。やぶれておるところを、発見しなければいけん。なるほど、ここにこんな大きな穴があいとったんじゃから、途中でずっと、ここからばらまいてきたじゃろうということがわかる。
みなさんでもそうです。さまざまな、たとえば、いやなことが起きてまいります。いわゆる問題が起きてくる。悲しいこと、腹の立つこと。いろいろ、まあ問題が起きてまいります。そういうときにですね。どうして、自分だけがこのように、腹の立つようなことばっかりがあるじゃろうかとか、悲しいことばかりが続くじゃろうかと言うてばかりおらずにね。自分自身の心をね。本気で検討してみなけりゃあならん。
なるほど、これじゃあおかげが受けられんはずだと。こういう心に大きなやぶれがあったんだものね。もうそれこそ、やぶれだらけじゃもの。そのやぶれたところをです。ていねいにふせてふせてふせぬいていくということ。ふせてふせてふせぬいていく。そこから、一まいの布が、もう二まいにもなるごと、厚くなってくる。いわゆる、どんごろすのようになってくる。ふせてふせてふせ続ける。
自分の心を見てごらんなさい。やぶれておるところだらけなんだから。それにふせをあてていこうというのであるから。だから、もうふせてふせてふせるところがなくなったときに、新しい運命と切り換えて頂ける。またはそれを、徳を受けるということにもなる。
こういうなんぎの中にあると思うておったそのなんぎが、一転して、新しいふくろをもったというか。いわゆる、なんぎをしなければならない運命の人、悲しい思いをしなければならない運命の人がです。喜びの生活ができるような運命の切り換えはふせてふせてふせ、ぬかせて頂いたところに、いわゆる、布施明である。
明ということは、これはおかげのこと。光のこと。と、私は今日は思いましたですね。そして、教典を開かせて頂いたら、六十一節。(あいた、六十一節はきのうおとといも頂いたとこで。)と、思うて頂いておりましたら、「ていねいに話をしていくのが、真の道をふんでいくのじゃ。」というところを、ていねいに放していく、ていねいにふせていくということなんだ。 それが人が助かること、世の中が明るくなることのために。ところが、このへんが大変むつかしいところなんですよね。
きのうおととい、熊本から松村さんが、夜、ある願い事で参ってきた。えらあい遅くまでおりましたから、何しよるじゃろうかと思いよったら、事務所で二、三人の人に、自分の話を聞いてもらっておったらしい。どげん思うても親先生にお届けできんから、まあ話を聞いてくださいというわけなんです。で、末永さんがそれを聞いておるわけなんです。末永さんがそれを聞いて、それに対していろいろ答えてやっているわけなんです。
なるほど熊本から合楽といえば、まあ、半日がかりでお参りをしてこんならん。月に一回十三日会だけはお店を休んで、その日は休日にしてお参りをしてくるわけですよね。けれども、なんとはなしにあの人は信心好きなんですねえ。奥さんのほうが。それでやっぱり、近所の教会にお参りをしている。
そこでへんなことがあったから、また別のところに参って。これは、教会じゃあないけれど、やはりお道の先生。やっぱり、まだ教会をもっていません。そこは、非常にその人は、若いけれど霊能にすぐれているんですよね。霊能者です。いわゆる。
熊本に田原坂というところがありますよねえ。「雨はふるふる」という歌がある。あそこが田原坂。田原坂にお店をもっておるですから。「田原坂石油配給所」という看板をあげて、石油スタンドを開店いたしております。もう、一年になる。もうこりゃあ、そのおかげ話だけでもたいへんなことですけれども、じつは。
実際、そげなことの出来る人たちじゃあなかったんですよ。けれども神さまに、あれもこれも行き詰まったときに、そのことを頂いて始めた。できました。おかげを頂いてだいたい順調に、軌道にのってきた。ところがです。そこにお参りさせて頂いたところが、神さまがこげん言わしゃった、みたまさまがこげん言わしゃったというようなことを言うわけですね。
とにかく、あんたんところはね。田原坂。もう、むかしの古戦場だ。だからもう、たくさんの人がそこで死んどる。だから、そのときのさむらいやら、そのときの軍隊ですねえ。その戦死したどんがじゃましてから、あなたのところが繁盛せんようにしよる。だからその、みたまさまの法事をせにゃあいかん。御霊祭をせにゃあいかん。
十日間おまつりをしたそうです。毎日それこそ、こんな大きなぶりと鯛をお供えせにゃあいけん。米は五升ずつじゃったかね。えっ?二斗ずつ毎日もっていかにゃあいかん。まあしかし、それをもって行ったつもばかじゃあなかじゃろかと、私は言いました。米二斗ずつと、ぶりと鯛とをもっていかにゃあいかん。
そして、金はですね。ちょうど四十万かかった。まあだ、店をはじめて一年間くらいのことじゃあけん。親父のほうが、経営のほうがあんまり出来んとでっしょたいね。ごまかしができとるところをみると。どうしてこのごろ、金の足らんじゃろうかと、最近親父が言いだしたから、さあ、心配になったから参ってきたです。
でその、穴がほげたのはどこかと言うと、そげなふうでみたまさんたちがですね。戦死しなさったみたまさんたちが、じゃましなさる。繁盛ば。それけん、その人たちの供養をせにゃあいかん。もう、十日間もかかっておまつりしたけん、先生はたいへん疲れた。今日からは、指宿の温泉に慰労に行けちおっしゃたげな。それけん、そこの家族はみんな、その先生一党で、飛行機でですね。指宿に温泉に行ったと。
さあそのあとに、はがゆうしてこたえんわけですね。おれが金で行きよると思うたもんじゃから。そのころになってはじめて目がさめた。そして、おどされるもんじゃけんですね。こうなる、ああなると、おどされるもんだから、やっぱりえすかったわけでしょうたい。
けれど人間も本当にねえ。その、よか信心せにゃあだめですよ。十日の間に四十万円。毎日十日間、みたまさまのおまつりをした。とてもそんなら私は、長崎やら広島で、原爆でやられたところのあたりは、商売はぜんぜん繁盛せんじゃろうと思いますよね。商売なににかかわらず。そんなばかなことがあるもんですかね。
私どもも、みたまさま関係のことなんか頂いたことがありますけれど。久富先生のとこなんか、ほんとにたくさんな、それこそ朝鮮人のかたたちが、あの家におられたんすからね。そして、引き揚げて帰るときに、その船が一雙沈んだんですよ。そのみたまがすがってきとる。それは、福岡のなんなんという、たいへん霊徳の高い日蓮さんの坊さんも、それを言わたんです。一週間後にはそれの、お祓いをするということになっとった。
ちょうど私が、その一週間まえにご縁を頂いて、お導きに行ったんです。ある人の紹介で。私も同じことを頂くんです、その日蓮さんの坊さんの頂かれたのと同じことを。それで、そういうことはね。払うてしもうて、封じ込まにゃあいかんというのですから。そげなことじゃいかん。それじゃあ、お道の信心のご流儀にはならんから、それをみんな助ける気持ちになりなさい、と。
「そげん言うたっちゃ、そげんたくさんの人が家の仏壇の、こ─まか仏壇にはいりきん
なるじゃろうか。」と言わっしゃったげなです。そいけん、「それは石炭箱でっちゃよかよ。」と、私はもうしました。それで、おかげ頂いたんですよ、みんな。
だからですよ。たとえばその、それは昔は、私もみたまさまなんか。けれども、そういうようなことを頂いてもですね。もう私の信心でね、言うならば。お取次ぎをさせて頂く者の信心で、目にも見えないことですからねえ。それを、目に見えない人たちに言ったって...、ね。
たとえば取次ぎの先生が、それを助けていけれる力を頂かにゃあいけんと私は思うです。これなんかは、それこそ四十万も放したっちゃけんで、そうにゃおかげ頂こうと思うばってん、そういう放し方じゃあいけんわけですたい。だから。
毎日、米の二斗ずつももっていって、鯛とぶりは必ず。そして、金は四十万円。そして、十日間がすんだなら、その、教会じゃあないけれども、家族の人たちが十日間の慰労のために、「神が許すから、温泉に行け。」と言わっしゃたげな。しかも飛行機で行ったげな。
わたしだん、二十年にもこうやっておかげ頂いておるばってんから、本当に千円の金でん、自分の慰労のために使うたことはありません。ほんとう。また、うちの神さまはそげなことは言いなさらんですもん。慰労のためにそげん東京に行けてんなんてん...。
ただ、ご信者さん方が、さあ、ご大祭が済んだ。というて一席をもうけて、温泉に案内して下さるようなことはあってもですね。自分から行くというようなことは、それこそ、千円の金でも使うたことはありゃあしません。
かというて、それがこといわば神さまごと。なんなんとそれが本当に、ていねいに放していってね。ていねいに放しきっていって、それがおかげになることならば、もうそれこそ、それには情も我もない。そういう行き方がです。真の道をふんで行くのだということなんです。ね。真の道をふんで行くということはそういうことなんです。
人にていねいに話していくということを、今日は、放していくと。いわゆる、「布施」なんだ。布施明なんだ。そして、さきほどもうしました、どうして、こんななんぎが続くのじゃろうか、どうして、どうしてというのは、ちょうどお米を買いに行って、一斗の米を確かに買うてきたのに、八升しかなかったと、どうして、どうしてと言うとるのと同じこと。
だからなるほど、ここがこげんやぶれとったから。こういう受け物では、おかげの受けられんはずだというですね。やぶれたところにふせてふせてふせあてていかにゃあいけん。それを、お道では、お供え、ご献費というわけです。その布施が、もうふせあてられんごとなったときにです。その人の運命は必ず切り換えられる。よい運命に。と言うことは、お徳を受けるということ。なぜって、真の道をふんでいくから、おかげを頂く。
ためには、まずなんとういても、真の人にならせてもらう。その真の人が歩く道を真の道というのだと、私は思います。
人間の命ほど大事と思うものはありませんよね、みなさん。いうならばです。まあ、衣食住というところでしょうね。人間の幸せに、生活に欠くことのできない衣食住。それを、食と衣とお金と言ったほうがわかるかもしれませんね。人間が生きていくうえに、お金と衣と食は、どうでもいるんです。生きていくうえにいるもの。それはなんでもだからいいわけなんです。生きていくうえに必要なもの。
ですから、お米がなければ人間は生きていかれんでしょう。食。ですから、そのお米のお供えをするということは、自分の命をお供えすることも同じです。お金がなしには人間は生きてはいかれんのですから、そのお金をお供えすることはです。もう、自分の命をお供えすると同じことす。そういうたとえば、尊いものなのですよ。
お金を汚いもののように言うたり、食べ物をいやしいもののように言ったりするけれどもです。それなしには生きていかれんのですもの、人間は。してみるなら、それは、衣も金も食も、それは私の、それこそ、わが命である。その、わが命をけずって供えるのですから、おかげ頂かんはずはない。なるほど、そういう生き方こそ、真の道をふんでいくということになるのです。
尊いことですよ。みなさんがお供えをなさっておられるそのことは。そういうような例えばですよ。みなさんがお供えなさったのにもかかわらず、そのお供えを私が、飛行機で指宿温泉にでも行くというたら、こりゃあまた困ったもんでしょうけれどもね。そりゃあ、自他ともにおかげを頂かないです、そういうことでは。お供えをするのも一生懸命なら、それを使わせて頂くのも一生懸命。そこに人の助かるという道が開けてくるのです。
同時に改まるということ。たとえば、まあいつも甘な辛なで例をとりますけれども。もう、これは、自分の命だと思うくらいに大事なものがあるです。けれども、だんだんお話を頂くと、これがあっちゃあおかげが受けられんというものがあるです。いわゆる、おかげを頂けない癌のようなものです。
それを取ることは、非常にむつかしいことなんだ。改まるということは。けれどもね。そこを本気で。それこそ先日から頂くようにね。セリの根を洗うたようにです。すっきりと改まって神さまに、それがお供えできたら、これはやはり自分の命をお供えしたも同じことなんです。
「もう私は、これ食べて死ぬなら死んだちゃあよかと言うごと好きなものがあるです。そういうことで命を縮めるということではなくて、それを切って断って。それを神さまへのお供えとするなら、これはまあ、最高の放していくことになるでしょうね。そこに、真の人、または真の人が歩いて行く道がはっきりしてくるわけなんです。
「神心となりて、人にていねいに話をしていくのが真の道をふんでいくのぞ。」と。ひとつ、ここんところをね。今日はしっかりと頂いて頂きたいと思うんですよね。「神心となりて」。神心とはそういう心だと私は思うんです。放して放して放しきっていく心。しかもそれは自分の命だから、尊いのだと。いわば、あなたに命をさしあげますというのと同じくらいに、尊いことなんです。神さまがおかげくださらんはずがない。
ていねいに放していく。これは、お話ではなくて、放していくということ。放出の「放」ですね。...いくのが、真の道をふんでいくのぞ。なるほど、これはたしかに真の道をふんでいくのだと、私は確信いたします。そこにです。「神より金光大神に、いつまでもつきぬおかげを話にしておくのぞ」ということが、はっきりしくるでしょう。
放して放して放しきってくるところに、限りないおかげに恵みに浴することができる。これはいわば、たらいの水のことと同じことですね。むこうに押すからこちらに帰ってくるという理です。さあ暑い暑い、風をというても、せきつめとっちゃあ風は入ってきません。と言うてほんなら、こちらだけ開けたんじゃあいけません。ね。右のほうを開けたら、左のほうも開けなければ風がとうりません。だからこそ、限りない風が入ってくるわけです。
食べることだけ食べてから出さなかったらどうなりますでしょう。腹は張満のごとなりましょうもん。それでもやっぱり神心です。それでは命がもてんから、神さまがいよいよのときには、浣腸してからでも出さしてやるとおっしゃる。または、下痢をおこさせてからでも出させるとおっしゃる。ばからしいでしょうが。
浣腸してからでも出さじゃあというのなんかは、罰金なんかがそうでしょうね。罰金おさめんならんというのは。浣腸して出さなんというのは、病院代にがば─っともっていか
んならんことだと思いますね。
そげんしてからでも、放出させる。出させなければ、その命がもてない。だから私どもは、そこんところをです。そういう痛い思いやら、惜しい思いをせんですむ前に、まちがいのない。ね。生き方をもってです。ていねいに放していく、いわゆるおかげを頂かせてもろうて、いわゆる、「布施明」のおかげを頂きたい。願うところは、その「明」のおかげなのである。
それが、きょう私は運命の切り換えとも、またはお徳を受けるとも、また限りなくおかげの受けられる場というものが出来るというふうに申しましたですね。「明」ということは、そういうふうに頂かにゃあならん。
布施て布施て布施ぬいていかにゃならん。もちろんその布施に、不純なものがあってよかろうはずがありませんですよね。どうぞ。